かがみや



寅姫御前(とらひめごぜん)

 むかしむかし、あるところに、誰もみたことのねぇ、そりゃべっぴんな女の子が、生まれたんにゃと。

 名前は、寅(とら)様というて、色白で愛きょうのある心優しい女の子やったんやと。

 寅様は大きくなるにつれて、ますますきれいになって、「寅姫様(とらひめさま)」といわれて、みんなに好かれ、毎日のようにようけの人が、嫁さんに欲しいと申し出てきたんやと。

 ある日のこと、一人の男が来て、

「どうしても嫁さんに下さい。」

と、篭(かご)に乗せて、嫁入りみたいに連れていってしもたんやとの。

 すると、それを聞いた、もう一人の男が、

「寅姫様は、わしがもらうんじゃ。」

と、祝儀(しゅうぎ)が始まったばかりの花嫁さんを、連れていってしもたんやと。寅姫様を迎えた(むかえた)家では、手をたたいて喜んだ(よろこんだ)んやとの。

 ところが、家の中に入ったとたん、こんどは三番目の男が、

「この人は、どうしてもわしがもらいたい。」

と、いやおうなしに連れていってもたんやと。

 すると、また四番目の男が力づくで、連れだし、それからは、五番目、六番目・・・・・・と次から次と違う男に連れていかれたんやと。


 そうこうしているうちに、夜があけて、一晩(ひとばん)のうちに嫁入り先が、七回とも十一回ともいわれているんやとの。

 寅姫様は、大変悲しまれ、

「私をどうぞ家に帰して下さい。」

と泣きながら頼んだんやと。まわりの者はとてもあわれに思い、家に帰してあげたんやとの。

 家に帰った寅姫様は、部屋(へや)に閉じこもったままやったんやと。ほして、

「私が、きれいすぎるから、こんな悲しい目にあうんやわ。もう嫁入りはいやや。どこへも嫁には行かないわ。」

と、美しいために、不幸な自分を嘆き(なげき)悲しんで、長い間、泣き伏していたんやとの。

「神様、どうぞ私のような悲しい思いをする人が出ませんように。佛様(ほとけさま)、このあたりには、今後、決して特別 の美人が生まれませんように。」

と、心からお願いして、その夜、自害(じがい)してしもたんやとの。

 この事を知った、男達の家では、

「悪いことを、してしもうた。申し訳ない。」

と、みんな寅姫様の墓(はか)をたてて、供養(くよう)したんやとの。

 今でもその辺には、丸い形をした墓が、あっちこっちの家にあるんやとの。ほれからは、ほの地区には、決して美人が生まれんのやとの。

話者:高橋 ともえ  再話者:桶師 幸恵  採話地:福井市種池


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